ゆきちゃんの世界
  * * * 阪神淡路大震災ボランティア * * *
地震報告 第9弾 じゃりみち通信

地震報告 第9弾  1955.11.2. YUKI.I

仮設住宅を支援しているボランティアグループのネットワークで″地元NGO仮設支援連絡会″というのを作っています。 この文はその会の通信にのせたものの本稿です。

  じゃりみち通信  仮設支援連絡会会報   
< 仮 設 は 今 (1) >                  
                ひまわりネットワーク代表  YUKI,I 

 ◇灘区編◇
 
 灘区の一般仮設住宅は計10箇所で550戸たらず、又2階建て仮設共同住宅は計450戸位で、合計千戸を切る位の数です。

 特に灘南と西灘の一般仮設住宅は震災後いち早く、2月末に入居できました。
でもわずか200戸余りですから、その頃まだ避難所での20万近い被災者の方々にとっては焼け石に水でした。当たった方も人目をしのんでひっこしをされたそうです。

 そして当初は特に高齢者障害の方、母子家庭優先でしたので、灘南仮設では一人暮らしが4分の1強、60才以上の方が半数をこえています。
 高齢で病弱な体で慣れない、不便な場所で買い物ひとつにも困ったり、妻を亡くされた心労から、炊事も思うにまかせず、ボランティアの手でひっこしのかたづけや炊事の手伝いなども必要でした。 

 じゃり道はいうまでもありません。 車椅子のタイヤはパンクするし、高齢者や足の不自由な方はとがった石につっかかって転んでしまいます。
 石をけずると今度は水がたまるから困ると言われます。何故まん中だけでもアスファルトで覆ってくれないのかしらと思いやりのなさに腹がたちます。

 弱い者の身になって考えることができなくて、行政は一体誰のためのものかということを改めて考えさせられてしまいます。
 私たちボランティアにとっても種蒔き隊が種や苗を植えても、外に水道栓が設置していないので重い水のポリタンクを運ぶのも大変で、水やりもままなりせんでした。

 勿論仮設の方は気持ちよくお水を下さいましたが、花にとっては残念な思いも沢山しました。
 仮設を花いっぱいにして、心のうるおいのお手伝いもしたいと思うのです。そんなボランティアの小さな願いに行政が耳を貸して下さったらと思われます。 

 
 灘南仮設住宅では7月すぐに集会用のテントを建てて自治会結成の集まりをしました。 
私たちのボランティアに仮設のシルバーの方が大工隊で参加して下さっているので自治会の支援
もスムーズにすすみ、9月には灘区で最初のふれあいセンターができました。
 センターには住民の方のお持ちのカラオケセットも置かれ、ピアノエイドで頼んだピアノも無料で入りました。


 9月末には、灘南ふれあいセンターの落成式をしました。 
その時は、区の地域福祉課長さんや民生委員の方々をはじめ、近隣の仮設の方々もこられて、住人の方の詩吟や手品や私のピアノ演奏そして、皆で童謡も歌ってほのぼのとした楽しい会になりました。 参加者も80人位でふれあいセンターがいっぱいになりました。

 現在はボランティアから呼びかけて、灘南は勿論、隣りの仮設の方々もワゴンで迎えにいき、お茶の先生に茶をたてていただいて、お茶会をしておしゃべりしたり、私のピアノと一緒に童謡をうたったりして楽しく活用しています。
 休日には昔ながらの紙芝居集団の方々にもきていただきました。 あとカラオケ大会も自治会主催でしました。

 センターには私たちボランティアが週3日、一人がつめています。
後の曜日は自治会の方々で管理なさっています。 ほとんど毎日あけておくのだと意気さかんです。
 住民の方も編み物をしたり、おしゃべりをしたりとよくセンターに出入りなさっています。

 今後ふれあいセンターで講師を招いて、趣味の講座を開こうと今アンケートをとっているところです。又救援物資を近隣の各仮設に配分できる基地にできたらという意向が前回の運営委員会で決まりました。 

 西灘仮設も自治会ができています。 篠原公園もようやく結成されました。
又最終募集の1Kの王子公園仮設の住人の方々に要請されて、私たちひまわりネットワークで元気村さんの応援を得て集会用のテントを建てました。 
 
 次の日曜日には、神戸友の会の主婦の方と一緒にバザーを開催し、ひまわりも救援物資を配りました。 そして、その日の午後にはテントで王子仮設ではじめての住民の集会をもちました。       

 そのテントでふれあいお茶会やバザーをしたり、又子供用の本やおもちゃを置いて遊べるスペースにも、又ひまわりの大工隊の工作にも使用させていただきたいと考えています。 

 自治会づくりのプログラムも住民の方々と一緒に既にできています。 

このように住民の方々が、一日でもはやく生活と住まいのそして気持ちの立て直しをなさいますよう、私たちボランティアもできるだけお役にたちたいと思って活動を続けています。
  
 
仮設支援連絡会会報
                ( じゃりみち通信に出した原稿・・・) 
   < 仮 設 は 今 (2) >  YUKI.I
◇灘区編◇
 
 今回はボランティアするがわについて話してみようかと思います。  

 灘区の一般仮設住宅で活動している私たち″ひまわりネットワーク″は、ほとんどが地元の主婦たちです。 あとフリーライターさんや仮設にもお住まいのシルバーさんたちが有力メンバーです。 皆、ふれあい隊や大工隊、種まき隊、かたづけ隊等で楽しく活動を続けています。 

 私たちは仮設住民の方々にとって、安心しておしゃべりのできる隣人に又、信頼できる友人になろうとしています。 そして住まいを亡くすという大変な目にあわれた方たちに物心両面からの支援をしようと活動を続けています。 そしてこの取り組みが将来の高齢化社会での地域のボランティアのモデルになればとも考えています。 

 
 又、ボランティアをしに来られる人も色々様々です。 しかし、そのほとんどは、笑顔の素敵な、自由で抜けてる(素敵という意味で)人たちです。
 とても楽しいおつきあいをさせていただいています。 やはり、ゆとりがないと人への気づかいができませんから。 
 
 又、当初カチコチだった人も多くの方々に接しふれあっていくうちにだんだんとその交流を楽しんで丸くなってこられたり、分かちあう喜びに気づいてこられているようです。

 
 勿論、私も震災当初は、とても楽しいどころではありませんでした。 やむにやまれぬ義務感悲愴感で動かされていたように思い出します。 物理的に暖かいおにぎり、熱い味噌汁、熱いお茶が必要な時でした。 

 私も最初の2週間は子供の小学校に持っていっていましたから、これはどうかしらと思って作って持ってゆくと「まあ、ちょうど欲しいねと言ってたところだったのよ」なんていわれると、私の方もハッピーになりましたね。                 
 
 続いて避難所で、ほとんどが年金ぐらしの高齢者の方達の話相手をし問題解決のお手伝いをしていくなかで、ようやく、ボランティアの楽しみが深く感じられてきたように思われました。 

 それは何かというと、「相手の心に喜びの灯がともる時、同時に自分の心にも暖かい灯がともる」 ことです。 それこそ、ボランティアの醍醐味だと私は感じています。

 
 ですから、お話していても、感謝の気持ちの少ない方へはついつい足が遠のくようです。
ボランティアだってそんなに人間できてませんから、仕事でしたらがまんしてすることも、ボランティアでしたら、その点、気が楽ですからね。 むつかしい方は、たいていリ−ダ−の私の担当になってしまいます。 

 いつか「仮設あってのボランティアでしょう」と言われた時はとても悲しかったですね。 
皆は「何てこと言うんでしょう」と怒ってましたが、私はこんな風に言わせた私達の不明を恥じました。 
 そして私たちが、誠意や奉仕の内容をわかってもらうという努力をおこたっていたからだと反省しました。 その方はふれあいセンターがボランティアセンターだと思い込んでおられたのでした。 なかなか黙っていては正しく伝わらない世の中ですね。               
 
 又、私は相手が泣くとき、わたしも、目に涙がしみてきますが、じっとがまんします。
でも、聞いてもらえて、気持ちがわかってもらえ一緒に悲しんでくれる人がいることや、辛い思いも、部外者ならでこそ話せるという状況で、少しは気が軽くなっていただけるように思われ、少しでもお役にたてたかなといろいろと思われたことです。

 又、ボランティアをすることで、沢山の方々の様々な心の機微を教わって、素晴らしい人生勉強をさせていただいていると思っています。  
 
 不謹慎なようですが、ボランティアは″遊び″の中でするものだと私は思っています。
行政ではうまく遊べないでしょう。融通がきかないでしょう。 でも何事も″遊び″がないと心のすきまは埋められません。 
 
 そしてボランティアしていると思っていたのが、じつはしてもらっていたことに気づかされるのです。  灘区の場合は戸数が少ないのでいえることかもしれません。
 
 しかし、人と人とが暖かくふれあう楽しみこそ、人間として、ボランティアとしての″原点″ではないでしょうか。
 そこを忘れずに活動を続けていきたいと私は思っています。  
       
                    (灘地域助けあい″ひまわりネットワーク″代表 YUKI.I)


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